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自作パソコン

1998年頃になると、パソコンは少しづつではあるが価格も下がっては来ていたが、求めるスペックとなるとまだまだ高かったのである。あるきっかけで知り合った方がパソコンは自分で組み立てていると云っていたことがあった。自分の求めるスペックでマシンを手に入れることが出来るのが最大の利点であるが、同時に余計な予算を掛けなくてすむの魅力であった。出来合いのマシンは市場価値のため平均的なものにならざる得ない、そのため不必要なものまで買わされてしまうのである。そこで私も自作することに挑戦することにした。たしかに「音は要らない」などと思った。早速書店でノウハウ本を手に入れて読んでみると、パソコンの仕組みはおおよそつかんでいたこともあり、プラモデルの組み立てとさほど変わらないことを知り、町田駅近くの線路沿いにあるパソコンショップに出かけた。当時はブームも手伝ってか、近隣の町も含めて結構専門店も多く、大きな国道沿いに並んでいたりもした。個々の商品やブランドに詳しいわけでもなかったので、詳しそうな店員をつかまえ、予算と使用目的、スペックを相談して必要なものを揃えてもらうことにした。マザーボード、ビデオカード、SCSIカード、CPU、メインメモリ、増設グラフィックメモリ、ハードディスク、フロッピーディスクドライブ、CD-ROMディスクドライブ、MOディスクドライブ、ケース、キーボード、マウス、そしてWindows98を車に積み込み家路へ向かった。

梱包を解き組み立てを始めるが、一番困ったのが説明書である。殆どが外国製なので、英語の表記になっている、初めてあえてパッケージに「日本語表記」なる文字のある意味が解った。それでも重要な部分を要約したメモもどきが添付されている程度ある。ジャンパーの設定や確認などを慎重にしながら進めていった。3時間ほどで組み立ては終り、外は日も暮れて暗くなっていた。コンセントを差込、電源を入れた。ハードディスクの回転音とともにBIOSが動き始めた、繋いだディスプレイは以前から持っていたものである。やがてフロッピィデスクが動き出しWindows98のインストールが始まったのである。何度か支持に従って再起動したが、見事にWindowsのロゴが浮かび上がったのである。大成功に感激をしたのは云うまでも無い。当時「IVC」という社名で仕事していたので「IVC300」と名前を付けることにした。以後パソコンは低価格や高機能化が進み、自作パソコンの優位さは一部のマニアックな人々を除きなくなっていった。「IVC300」はハードディスクを増設した程度でさほど拡張もする事もなく約10年使った。市販品に質価格とも追いつかなくなっていったからである。

2009年11月30日