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文化について

この国の人々は、急激な変化は好まないらしい。その割には流行(はやり)には敏感である。先日何かで聞いた「ある学校が個性を大切にとの方針で、お金を掛けて制服を新調した。当の生徒は個性を生かしたいと言って、みんな同じルーズソックスを履いている」と言う。どうも形から入ると言う意味ではどちらも同じらしい、彼らが相対峙する関係で取りざたされたりする事もしばしばで滑稽に感じたりする。

制服を着るという習慣は、とても重宝である。中学・高校の6年間黒の詰め襟で過ごした。どんな着方をしても、せいぜい「襟のホックを閉めなさい。」との注意を受ける以外誰も何も言わない。戦後のベビーブームの関係で新設の学校が次々と誕生した。幸か不幸か、小学校第四回卒業、中学校第三回卒業、高校第四回卒業と新設校を渡り歩いた。その為なのかは解らないが、あまり「母校が」と言う意識が無い。歴史的重みが実感として無かったのは確かである。 周りを模倣し、創造に力を注いだ時代である。

この地上には多くの文化が存在し、その中で生活をしている。生活習慣から芸術、学問と触れあうもの全てがそうであると考えている。その多くが、先人たちの知恵と工夫と努力によって積み重なられてきた、自然環境、人間現環境がその時代を作り、文化を生み出したのだろう。文明が人類にとって共通の利益(不利益)をもたらしたの対し、文化はそれぞれの環境によって異なり独自の形態をとる。家や家族というレベルにさえ文化は存在するのである。太平洋戦争後の戦争裁判で、牛蒡を捕虜の食事出し有罪になったと言う話さえ聞くのである。先般東京で行われた世界陸上の大会でアフリカの女子長距離選手が胸をはだけて走る姿がスポーツ新聞のトップに載っていた、ウェアを身につける習慣などあの暑いアフリカに有る筈はない、この国の新聞は他国の文化を嘲笑しているのかと憤慨したが、それ以上に恥ずかしく思った。

文化は不変で共通では無いこと考えると、或る文化の文化人が最上段に構えて他の文化を蔑まし戒める様を見るになにやら空恐ろしさを覚える、多くの場合、それは権力や圧力を背景に行われるのである。確かに受け入れた方がやり易い、自らその文化の信者になったとして大した不都合もなく生きられる。矛盾が有ってもそれは自らの責任ではない、受け入れてしまえば文化とは非常に重宝なものである。しかし永い時を経て文化は確実に変化している、その事を否定する人はいない。にもかかわらず多くの人々は文化の変化を避けようとする、おそらく「自らの目の黒い内に」触れたくは無いのだろう。

(1999年4月)