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K君のこと

私の会社の取引先の印刷会社にK君と人物が居た。彼はなかなか二枚目の優男で、好青年であった。当時印刷業界では画期的な電算写植を言うシステムのオペレーターをしていた。かつて活字を並べて印刷の版を作るのだが、印画紙に原版を焼き付けて薬品処理をして版を作る方法が写真植字と呼ばれ主流となっていた、略して「写植」でその機械を写植機、更に進んでコンピュータでその操作(オペレーティング)をしていたのである。彼は少年の頃からコンピュータをいじっており、ハッカーとまでは言わないがかなりのマニアであった。いろいろな情報を提供してもらい、私のコンピュータの師匠である、そして私より丁度10歳若い。彼は「嘘つきだ。」と言う評判が有った。確かに考えれば不自然なことよく言っていた。空手二段と言った矢先お琴の名取だと言う、海外のネットを使ったビジネスで大儲けをしたとかだったが、それで被害を被る訳でも無くごく自然に聞き流していた。お付き合いも仕事上で、たまにスナックや居酒屋で酒を呑んだが、接待の積もりもあった。彼の周りは結構厳しく見ていた様で再三の忠告をされたこともあったが、実害が無いことを言ってそれからもお付き合いを続けた。実際に彼の嘘で被害にあった人が居たとは聞いていない。それでも、嘘つきと言うだけで否定し排他するするのは当然と言う常識がはたらいて彼を評価する人は居なかった。子供は大いに嘘つきである、夢や希望が大きく膨らみ、こう有りたい、こう成りたいと思い込むと罪悪と別に素直な気持ちで言ってしまうのである。彼はそういう人だと理解した。善意で観ると体は大人だが心は少年なのである。ただ、少年らしい無邪気さが無く現実的なのにはいささか不安を感じるのだが、それでも人間を何かで括るのではなく大人も含めて良識をもって認めることの大切さを、彼に教わったような気がする。考えてみれば、基本手に芸術家は嘘つきである。

2009年11月