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糖尿病

 丁度、40歳の頃である、変な咳が出ることが気になり、医師の診察を受けることにした。幸い仕事場の近くに、旧陸軍病院で「国立相模原病院」というのがあり、呼吸器で有名とのうわさもあり受診することにした。初診の診察を受け付けて受診をしたが、60歳になった今詳しく覚えていないが、確か、最初の問診の後、血液検査、レントゲンなど一応の検査を終え診察室に戻ると、医師や看護婦(当時は看護婦だった)に取り巻かれ、医師に言われたことが「あなたは、いつどこで倒れても不思議でない、むしろ今立っている事が不思議なくらいです。」だった。血糖値が500を越しているというのである、ちなみに正常な人の血糖値は空腹時で80~100、その時空腹時であったかどうかは覚えていないが、通常食後でも130~150であるから確かに異常な数字ではあった。肝臓も極めて悪い、即、入院を勧められたが、勧めるというより、出口をふさがれ、入院の手続きをしなければ返しませんとの空気であった。やむなく入院の手続きをしたが、ベッドの空きを待ってということになった。会社に戻り、仕事仲間に事情を話し了解をとり、家に戻り家族に話をし入院の準備をすることになった。2・3日でベッドが空き入院することになった。病名は流行(はやり)の先端を行く「糖尿病」である。

糖尿病とは血中にブドウ糖がたまりすぎ、血管に障害を引き起こす病気である。生活習慣病とも言われ、過食や運動不足が原因とも言われ、かつては「贅沢病」などと心無い言われ方をしたこともある。又、癌治療などに比べ金にならないと言われ研究も遅れていたといわれる。しかし、昨今予備軍と言われる人も含め日本の人口の4人に1人が糖尿病であるという結果もある。人間は食物から生きるために必要な栄養を摂取する、たんぱく質・炭水化物・脂質の他、ミネラルやビタミンなどが必要になる。詳細は解らないが、たんぱく質や炭水化物、脂質などは、胃や腸で分解されブドウ糖になり、血管を通して全身に運ばれ、細胞を作ったり、運動のエネルギーとして使われるのである。生物とは実に良く出来たものである、このエネルギーは車のガソリンと同じで無くなれば動かなくなってしまう、心臓も肺も脳も止まるのである、従ってこのエネルギーは絶えず体内に備蓄されていることが必要なのである、偏ったダイエットや、食習慣はこの備蓄を狂わせて機能を悪くしてしまう。適量を備蓄して必要に応じて消費することが大切なことである、しかし、戦後の貧困から脱しようと努力して裕福になった日本人の多くは備蓄に専念し、更に多くの文明の機器によって快適に過ごすことを賞賛して来た結果、備蓄され余ったエネルギーはどうなったかと言うと、血中に残り悪さを始めたのである。

「糖尿病」とは蓄積されず尿に糖が排泄されることで、そう呼ばれるようになったのである。誤解があり、糖が尿に出てしまうので糖が足りなくなるからと砂糖を絶えず舐めていたとの話を聞いた。自覚症状として”喉が渇く・排尿が頻繁になる・疲れやすい・集中力が無くなる”等言われるが、確かに喉は非常に渇いた記憶がある、これが自覚症状との知識が無かったので仕事上、仕事上外周りが多くよく自動販売機で缶コーヒーを買って良く飲んでいた、缶コーヒーをはじめ多くの飲料には、結構糖分が含まれている、これが火に油を注ぐ結果になっていたのである。私の同業の人たちに実は糖尿病が多いことに気が付いたのは、自分がそう診断されてからだった。その時は外回りが主だったが、以前は長いこと現場にいた、徹夜、徹夜の連続で作業場にこもり殆ど座りっぱなしで仕事をしていたのである。それでも20から40歳中ごろの時期である、普通に腹は減るし酒も飲みたくなる、しかも徹夜ともなると三食のほか、夜食もとることになる。近所の弁当やからボリューム満点の特性弁当を買い込み毎晩のように食べる生活を送っていた。運動といえばたまに昼休みに会社の駐車場でするキャッチボール程度で、確かにこれでは糖尿病になるのも仕方が無いとその時は思った。以来何かにつけて”糖尿病”の三文字が気になり注目するようになった。同時に仕事などの実情に対することで養生することに対して反発もあったのも確かである。まだまだ体力には自信もあったし、病気なんかでという意地もあった。酒もタバコも相変わらずだった。