日々の雑感から

先日 日テレの番組で

先日 日テレの番組で「消えた仕事と新しく生まれた仕事」をテーマに放送していたが 消えた仕事に「文選」が含まれていた大いに異論がある 確かに活字が無くなり「採字」や「文選」と言う言い方は無くなったが 仕事として無くなった訳では無い DTPオペレーターは現代の文選だと思うのである

採字とは活字を並べた棚から原稿通りに活字を拾っていく仕事で 今でもワープロやテキストエディッタを使って 文章を棒打ちする事もある 文選はその拾った活字を字間 行間を始めレイアウトして体裁を取っていく PageMaker等の編集ソフト使って体裁を取っていく

恩田川で見た生首

数年前家の近所を流れる恩田川の周りが遊歩道になっていてそこを散歩するのが日課だった 霊感は全く無いしこの頃は超常現象とか霊とかは信じなくなっていてたが その日いつものように散歩をしていたところ確かに数十メートル先に青白い生首が道から浮いているように見えたのだった 時間は夜10時頃である 遊歩道そのものは街灯が無く平行して走る道路や近所の家などの明かりで照らされているだけである たまたまその一角はその周りに灯りが全く無く真っ暗で かろうじて木々の陰が感じる程度だった 目を懲らしてじっと見てみたが 確かに顔の様に見えるし身体は確認出来なっかた

幽霊など目の錯覚や思い込み等と考えていたが 流石に足がすくんでしまった しかしそこを通らなければ家に帰れない 誰が見ている訳でもないが迂回して帰るのも大人げないし何となく自尊心も傷つく 意を決して確かめてみる事にして近づいていった 近づくにつれて確かにそれが顔で有る事におおよそ疑いは無くなり 数メートルまで近づいてやっと確認出来たのである なんと女子高生だろうしゃがんで携帯電話と向かい合って居たのだった 当時の携帯電話はグリーンディスプレイで真っ暗な中ではバックライトで照らされた顔は確かに生首が浮いているように見えるのである その前を通り過ぎながら 躊躇もしたが何も無かった事に安堵した

心霊の体験談とは 恐らくこんなものだろうと思う もし確認しないで迂回して帰っていたら 確かに生首を見たと吹聴出来る嘘はついていないしこのあたりは成瀬城があって詳しくはないが古戦場である とってつけた話には事欠かない筈である

悪いネズミ

以前テレビの番組で東南アジアのどこかで 野ねずみが穀物を食べてしまい農家の人達が被害を受けているとの放送が有った マイクを向けられた農家の人はインタビューに「穀物を食べる悪いネズミを捕まえた」と得意げに答えていたが そのネズミはどうなったかとの問いに 何の屈託もなく「食べた」と言っていた

世の中のお利口さん

大分前になるが、桃井かおりさんを使ったCMで「世の中、お馬鹿さんばかりで、疲れません?」と言うものがあった。クライアントがどこであったか覚えていない。とっさにクレームが付くなと感じた。そんなこんなして、暫くして同じクライアントの同じCMで、正に、クレームが付いたのであろう「世の中、お利口さんばかりで、疲れません?」とやってのけたのある。正直やられたと思った。最初はクレームに対する反撃かと思ったのだが、もしかして最初からクレームを予測していたのかもしれない。CMを製作したものさすがだが、提供したクライアントもたいしたものだと思った。ある種の人々に偏見を持っていた私は、結構心地好かったりしていたものなのだが、うっ、・・・穿ってみると、もしかしてクレームは無かったのかもしれない。そうか、そうだとしたら、乗せられたのはわたしだけか、CMの効果をそんな風に狙ったのだろうか?。何のCMだったかは覚えていない、それがせめてもの慰めである。

未知な生物

生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開かれそのニュースの中に「未知なものを含めて絶滅する生物が○○いる」と報じていた。その数字は記憶に無いがかなりの数だったと思うが、「未知」なものをどうカウントしたのかという疑問が生じたのは私だけだろうか?

さっさと乗れよ

ドラマや映画で、バス等の乗り物を使ったシーン、何故か乗り物のドアが開いてから別れの会話が始まる話があるなら待っている間にするべきだ その昔バス停で新聞を読んでいてバスが着たのに気がつかずのりはぐれた事があった 普通待たないよな だいいちバスなどは中で待っている人の迷惑だ。

スーパー母さん

先日大雨が降った。近年大雨の被害が多くなった。インタビューに答えた避難されたお母さん「子供と車を持って逃げました。」子供や車を担いで逃げたのだろうか?子供と一緒に車を担いだのだろうか?おそらく正しくは、子供と車に乗って非難したのだろう。日本語は微妙である、翻訳ソフトを使って英語にしてみた「I just run a car with children.」となった、ちなみにそれを又同じソフトを使って和訳してみた「私は子供たちに車を走った。」となり、さっぱり解らない。

無愛想な郵便局

「来た人の数と笑った人の数が今日も一致しました」広島の郵便局を舞台にしての、日本郵便のコマーシャルだが、よく考えると、無愛想な郵便局だ。お客しか笑っていないことになる

天を恨まず前に進む

2011年3月11日 東日本を襲った大地震と大津波 多大な損害と心痛をもたらした 被災地の高校生が復興と立ち直りに意を込めて語った「天を恨まず 前に向かって進む」との言葉が 各方面で賛美と共感を呼んだが それは素直な心からでたものと思う 確かに天とは己の想いを委ねたり願った足りするものでは無い その事を理解の上で人々は論じたのだろうかと 普段気にしなかったことを考えさせる事がある